2019年07月17日

穀物は偽りの神

しかし、その神は偽りの神だったのです。穀物という神は、確かに1万年前の人類を飢えから救い、腹を満たしてくれたのです。その意味ではまさに神そのものでした。しかしそれは現代社会に、肥満と糖尿病、睡眠障害と抑うつ、アルツハイマー病、歯周病、、アトピー性皮膚炎を含むさまざまな皮膚疾患などをもたらしてしまいました。

現代人が悩む多くのものは、大量の穀物と砂糖の摂取が原因だったのです。人類が神だと思つて招き入れたのは、じつは悪魔だったのです。

穀物は多くの人類文化を支え、あらゆる生活の場に日常品として遍在しているため、多くの人間はそれを必要なものだと勘違いし、疑いを持つことはありませんでした。穀物に感謝せよという父母の教えや社会の伝承は、強固に大脳に刷り込まれていました。

だから、それがよもや偽りの神とは誰も考えなくなった。ようするに、彼らが神ではなく悪魔であることに気づくまでに、私たちはじつに1万2千年を要したのです。私たちは21世紀になってようやく、穀物なし、糖質なしの食生活が、人類本来のものであることに気づいたのです。これまで人類文明の発展を縁の下で支えてくれた穀物には、素直に感謝しようと思います。穀物がこの世になかったら、文明はこれほど発達することはなかっただろうし、人類はこれほどまでに繁栄することもなかったでしょう。

1万2千年前に穀物栽培を始めなかったら、その後しばらくの間、人口増加はなく、人類の総数はせいぜい1千万人前後を推移していたかもしれません。その結果、人口増加がもたらすストレスがなく、人類は大幅に機能強化された大脳を無駄にもてあましていただけだったかもしれないのです。

その意味で、現代文明の源泉は、1万2千年前にメソポタミアの平原で「最初のコムギ栽培を始めた人間」です。彼こそが、人類文明の方向を決めたのです。だがしかし、穀物は神ではなく単なる食物の一つに過ぎず、しかも人間を不健康にし、健康を奪ってきた食物だったのです。

穀物は人類を増やしてくれたが、そのために穀物は世界中の土壌から養分を吸い尽くし、地下水をも飲み干そうとしています。従来型の潅漑農業と穀物生産は、もうほとんど限界まで来ていて、そう遠くない未来に破綻することは目に見えています。つまり、穀物という偽りの神に執着していては、いずれ人類は穀物と共倒れになる運命でしょう。

私たちはそろそろ、穀物という老俳優が「神」という配役名を捨てて、「美味だが摂取しなくていい食材の1つ」という本来の配役名に戻り、舞台から静かに消えていくのを、感謝の念を持って拍手で見送るべき時期に来ているのです。

老いたる神々に支配された時代に終わりを告げ、理性と論理で未来を拓く時代に足を踏み入れるのは今しかないのです。神は死んだのではなく、そもそも最初から神ではなかったのです。人間の過ちを正すのは人間にしかできないのです。ならば、穀物を神にまつりあげたのが古代の人類であるなら、その誤りを正すのは私たちの仕事です。

穀物に依存しない食生活の可能性については、すでに説明したとおりです。もちろん、それにより70億人の腹を満たせるかどうかは不明だし、最善を尽くしても大規模な飢餓が発生するかもしれません。

少なくとも、穀物栽培が地下水の枯渇とともに終焉を迎える以上、穀物以外の食糧へ転換する以外に選択肢はないし、その転換を成し遂げるための時間は、それほど多く残されていないかもしれないのです。たそがれ穀物という神の黄昏を見届けて、人類はもう少し長生きするのか、それとも穀物と人類は同時に黄昏を迎えるのか、選択肢はおそらく2つに1つでしょう。そして、それを選ぶのは私たちの大脳であり、それこそが大脳の本来の仕事なのでしょう。
posted by 糖質 at 18:55 | Comment(0) | 穀物に支配された
2019年07月15日

大脳の能力は、穀物により開花した

コムギの栽培が始まる前の人類は、世界中で500万〜1000万人でした。狩猟採集生活では、自然の生産力以上に人口が増えることはなく、自然の生産力そのものが生物としての人間の数を決めていました。

しかし、コムギの栽培開始以後、人間の数は劇的に増加していきます。穀物は、狭い耕地でも多くの人間を養える生産力を誇っていたからです。

人間の努力と工夫により穀物生産量は増え、それに呼応して人口も増えていきました。その結果、狩猟採集時代にはせいぜい数百人程度だった集落の構成人員は、穀物栽培によつて一気に数千人単位に拡大し、同時に、社会は階層化、複雑化し、それによって都市生活者は、前代本圃の問題に次々直面するようになったたのです。

集団間の浮いが話し合いで回避できない場合は、抗争・戦争となったが、大脳はここでも持てる力をフルに発揮し、次々に武器・兵器を発明し、武器の殺傷力を高めた。武器の発達により戟闘は大規模なものになり、死傷者もそれにともなって増えました。

その死傷者を見て大脳は、負傷者の治療法を案出し、同時に戦死者を葬る方法を洗練させていきました。大脳は数字を生み出し、1日、1年という時間の流れを数値化することで、未来に起こるであろう変化を予測して農作業の時期を決めました。

一方で、幾何学は土地の明確な配分を可能にした。そして数字と幾何学は、人間を抽象思考の世界に導いていき、大脳はついに「現実」という重い鎖から解き放たれ、脳内に作り上げた抽象世界を新たな遊び場としました。人類文化史という面で見ると、前にも述べたとおり、今から5万年前が大きな節目となる。このころ、人類は突如として絵画を描き、楽器を作り、石器に模様を刻み、さまざまな分野で創意工夫の才能を発揮するようになったからです。

この突然の変化について、デイヴイッド・ホロビンは、遺伝子の突然変異により分裂病(統合失調症)がもたらされたが、ホロビンの言う分裂病遺伝子は天才的能力を発揮させる効果もあり、この遺伝子を持った人間は突然、絵を描いたり音楽を楽しむようになった、という魅力的な仮説を提唱しています。

今から160万年前に登場したホモ・エレクトウスは、石器を使い、北極圏を除くユーラシア大陸のほとんどの地域に生息域を広げたが、16 0万年聞もの長きにわたり、彼らの使つていた石器に変化はまったく見られませんでした。同様に、25万年前に登場したホモ・サピエンスも、最初の20万年間は、ホモ・エレクトゥスと変わらない石器を使い、デザインを変えようともしませんでした。

あホモ・エレクトウスもホモ・サピエンスも、数十万年以上、同じ生活をくりかえして厭くことはなかった。そして5万年前のある日、いきなり変化が訪れた。それは、春を経ずに冬からいきなり夏になったかのように、あるいは、いも虫が桶を経ずにいきなり蝶に変身するかのように、人類の大脳は突如として創造の神に変身しました。

その変身の原因が、統合失調症遺伝子かどうかは不明だが、変化を嫌って何も生み出そうとしなかった大脳は、変化を好んで次々と新しいものを生み出す大脳に変貌したことだけは事実です。5万年以上前に大脳は、突如として高機能なナニモノかに変身しましたが、当時はまだ使い道がなく、せいぜい、絵画方面に使われる程度でした。大脳がその持てるカをフルに出すためには、何かきっかけが必要でした。

それが、「穀物農業がもたらした人口増加」です。「尋常ならざる能力」を持ってしまった大脳は、1万2千年前の穀物農業がもたらした「尋常ならざる人口増加」と出会うことで、あらゆる潜在能力を開花させることになったのです。人間の大脳は、人口増加がもたらした前代未聞のトラブルに直面するたびに、新たな解決法を編み出し、見事な問題解決能力を披露し続けました。トラブルが大きければ大きいほど、天才遺伝子を持った大脳は、無尽蔵とも思える能力を発揮した。逆に言えば、人類が穀物と出会っていなければ(あるいは地上に穀物そのものがなければ)、大脳はその持てる能力をフルに発揮できたかどうか疑問だ。もちろん、創意工夫が大好きな大脳のことだから、早晩、他の植物の栽培を始めただろうが、穀物に匹敵する生産性と、保存性の高さと、豊富なデンプンをあわせ持つ植物は、他にないことから考えると(少なくとも私はそのような植物を思いつかない)、他の植物では、穀物がもたらしたような爆発的人口増加は起こらず、その結果として、人間の社会は小規模あつれきなままで、多数の人間がひしめいて暮らす都市は形成されず、人間関係で大きな乱換を生むことはなかったと想像されます。

そして大脳も、秘めたる能力を発揮する機会がなかったかもしれません。ようするに、5万年前に、人間の大脳は持てあますほどの能力を手にしたが、その能力を解放したのは、穀物がもたらした爆発的人口増加だったということです。おそらく、どちらか一方が欠けていても、その後の人類の発展はなかったと思われます。

一方、穀物は高濃度のデンプンを含み、容易に至上の美味なる食物に変身した。穀物のおかげで、気候や環境の変化に振り回されてきた時代は去り、食料がつねに安定して得られる時代になりました。その結果、穀物が神として崇められ、信仰の対象となったが、これは自然の流れでしょう。なぜなら、食は命そのものだからです。いそそして穀物は人類に、「神への祈りとして農作業に勤しめ」と命じた。神の命令は、絶対だったのです。
posted by 糖質 at 19:13 | Comment(0) | 穀物に支配された
2019年07月03日

穀物栽培は、人間に幸福と健康をもたらしたのか?

穀物栽培は、人間に毎年の安定した収穫を約束しました。つまり、年ごとに変動する降水量や気候に左右されやすい狩猟採集生活からの脱却であり、自然に依存した生活から、自然から自立した生活への大転換です。

また、穀物の保存性の高さも、人類にとって福音だった。肉類はどうしても短期間で腐敗してしまい、それを防ぐために人はさまざまな工夫をしてきたが、穀物の場合は、乾燥状態にするだけで何年間も保存できるし、それを食用にすることも、種として畑に蒔くことも可能でした。その結果、穀物が食事の中心になり、安定した食糧を手にしたことで人口は着実に増え、穀物の種を携えて耕作地を増やすことも可能になりました。

水さえ調達できれば、未開の地は耕地に変身し、その地で食料調達が可能になる。そして、地上のあらゆる土地が人間のための食料生産地になった。穀物を神の恩寵と考えるのも当然です。

しかし、物事はいいことばかりでない。穀物は「空腹を満たす物」としては優れているのですが、「食料」として優れているわけではなかったからです。

人間本来の栄養成分ではない糖質を主成分としていて、体が必要とするタンパク質と脂質に乏しかったからです。そしてじっさい、穀物栽培が始まった時、人間は「栄養不足」に見舞われています。すなわち「食べ物の量は十分だが、栄養は不足」という状況に陥ってしまったのです。

狩猟採集民は農耕民より長命であり、しかも穀物栽培の開始と同時に幼児死亡率が上昇していたのです。この論文では、アメリカのインディアン・ノール貝塚(紀元前3400〜紀元前2000年ごろ) と、ハーディン・ビレッジ遺構の調査が紹介されています。前者が狩猟採集社会、後者はトウモロコシが主食となった農耕社会です。両者でさまざまな比較が行なわれたが、もっとも対照的だったのは、4歳未満の小児死亡率でした。

石器時代のインディアン・ノールでは、新生児と12ヶ月未満の乳児の死亡が多く、16世紀のハーディン・ビレッジでは、1歳から3歳の幼児死亡が多かったからです。ハーディン・ビレッジでの幼児死亡の高さの原因は、離乳食が原因と考えられています。現代でも南米では、トウモロコシの粉を柔らかく煮た粥が離乳食として与えられているが、この糖質しか含まない粥を食べさせると、乳幼児に下痢が多発しました。おそらくハーディン・ビレッジの乳幼児たちも下痢を起こし、低タンパク血症をきたし、死んでいったのでしょう。

また、狩猟採集時代には、人間はさまざまな食物を食べる雑食生活をしていたが、農耕が始まると、大量にとれる栽培穀物だけを食べる単一食品生活になり、食事の内容はどうしても、炭水化物に偏ったものになります。同時に、狩猟をしなくなったために、動物系タンパク質は必然的に不足してしまうのです。

つまり、狩猟採集時代とは、「栄養のバランスがよく、健康状態も優れていたが、人口密度は低かった」時代であり、農耕時代とは、「栄養のバランスが悪く、不健康になったが、人口密度は高くなった」時代です。
さらに、農耕は人間に長時間労働を課した。確かに収穫は多かったが、その収穫量を維持しょうとすると、当初予期していなかったトラブルが生じ、その解消のために工夫と労働が必要になったからです。それが連作障害である。
posted by 糖質 at 18:44 | Comment(0) | 穀物に支配された